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商品詳細

Korea: Records of the U.S. Department of State, 1930-1963.


朝鮮の国内事情 1930-1963年

◆米国国務省文書にみる朝鮮半島の動向-日本による併合から冷戦期の分断まで

 本コレクションは、米国の国立公文書館が所蔵する国務省機密文書のうち、朝鮮関係の全資料をデジタル化したものです。米国の公使・領事に対する指示・訓令、公使館・領事館など出先機関からの報告、政府間の交換公文などの第一次資料が網羅されており、さらに日本や中国などからの朝鮮に関する情報も収められています。外交資料として貴重なだけでなく、米国が入手した情報に基づく、李朝末期、日本統治期、1945年の解放から朝鮮戦争期、その再建復興期、そしてこの時期の東アジア情勢の研究にとって貴重な資料です。戦後の韓国には米国が深く関わってきたことから米国側文書は優れて特異な価値を持つものです。

 朝鮮王朝は、1876年の日朝修好条規で開国を迫られ、日本の政治的・経済的進出を許してしまいました。折からの日清・日露戦争の勝利や日英同盟の締結などで、着々と朝鮮半島進出への足場を築いた日本は、1910年8月22日に韓国を併合し、朝鮮総督府を設置して、本格的な植民地経営に乗り出しました。

 1945年8月、日本の敗戦によって解放された朝鮮半島は連合軍の信託統治下に入りました。冷戦期に突入して間もない48年に、半島では南に大韓民国(韓国)、北に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が成立し、両国間の対立は先鋭化しました。50年6月末になると、北朝鮮が半島の武力統一を企図し、スターリンや毛沢東の同意を得て、韓国に対し侵攻を開始しました。この朝鮮戦争は米・ソ・中が次々に介入し、3国の思惑も交錯する国際的内戦の様相を呈するようになりました。

 朝鮮戦争後の南北朝鮮は、資本主義と社会主義という相異なる社会制度の下で分断され、それは両国の政治から思想にいたるまで深い影を落としています。こうした分断が強いる矛盾は、とりわけ韓国において顕在化し、統一と民主国家成立にむけた韓国民衆の念願は、ついに60年4月、李承晩政権に対する学生・市民の蜂起となって現れました。しかし、この念願は1年後の朴正熙による軍事クーデタ-で再び封じ込められ、朴政権下で強化された反共法(61年5月)、国家保安法(62年9月)によって締め付けられていきました。

※本コレクションはScholarly Resources刊行のマイクロフィルムRecords of the Department of State Relating to the Internal Affairs of Korea, 1930-1963をデジタル化したものです