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商品詳細

Japan-U.S. Economic Relations Group Records, 1979-1981.


日米賢人会議(日米経済関係グループ)文書集

◆1980年代初頭の日米貿易摩擦を背景に経済関係においてより建設的な取り組み方を議論

 1979年5月2日、日本の大平正芳首相はワシントンでジミー・カーター大統領と会談し、その後の共同声明において、折からの日米貿易摩擦を背景に、経済関係においてより建設的な取り組み方をすべき時期に来たことについて意見の一致をみたこと、そしてそのために「民間からえりぬかれた著名な人物からなる少人数のグループ(Wise Men's Group)を創設し、日本と米国との間の健全な経済関係の維持に資すると考えられる措置に関する勧告を総理大臣及び大統領に提出する」ことを決定しました。

 こうして設立された日米経済関係グループ、通称「日米賢人会議(ワイズメン・グループ)」は、元駐米大使の牛場信彦と元駐日大使のロバート・S・インガソルを共同委員長とし、第一勧業銀行頭取の村本周三、野村総合研究所社長の佐伯喜一、ハネウェル社長のエドソン・W・スペンサー、バンク・オブ・アメリカ頭取のA・W・クラウセン、イェール大学経済学教授のハグ・T・パトリック等をメンバーに、また元駐日公使のジャック・B・バトンと日本国際交流センター創設者の山本正が共同で事務局長となりスタートしました。

 会議は日米の政治・安全保障・文化関係における経済問題の位置づけ、新たな先進国の一員としての日本の立場、将来の日本における包括的な経済安全保障の必要性、海外開発援助プログラムへの関わり等について議論し、両国における最新研究も参照しつつ、民間からひろく意見を求め、関係者に発言の場を与えました。グループの最終報告は1981年1月に提出され、同年10月の報告補遺をもってその任務を終えました。

 本コレクションには事務局長による各メンバーとの通信や会議アジェンダ、記録等をまとめた「Director's Chronological File, 1979-1981」と、分野別の通信、メモ、記録、演説、プレスリリース、スケジュール、アジェンダ、最終報告も含めた報告等をまとめた「Subject File, 1979-1981」が収録されています。

※本コレクションはマイクロフィルムRecords of the Japan U.S. Economic Groupをデジタル化したものです