北西辺境地域に関する英国の諜報 1901~1949年
20世紀前半、英領インドが直面した『ジハード』の実像を伝える諜報記録
本コレクションは、1901年の「北西辺境州」創設から1949年までの期間を対象に、英国が北西辺境地域について収集した諜報記録を集めたオンライン・アーカイブです。英領インドが消滅し、同州がパキスタンの行政区域となった時期までを含みます。
19世紀後半まで、インドにおける英国の政策は北西辺境の部族地域への不干渉を基本としていました。険しい地形が自然の障壁として十分な防御になると考えられていたためです。しかし、ロシアが潜在的な敵対国として台頭し、「グレート・ゲーム」として知られる英露対立が続く中で、インドとロンドンの政策決定者の間では、アフガニスタンとパンジャーブ定住地域の間にある部族地域へ積極的に介入すべきだとする意見が強まっていきました。1901年、インド総督カーゾン卿はこの地域に「北西辺境州」を創設しますが、その統治形態は緩やかなもので、21世紀初頭の政策を予見させる動きでもありました。
収録される記録は、辺境地帯の各地域に駐在する政治担当官(Frontier Agents)による詳細な機密・極秘報告が中心で、通常は週ごとに提出されたものです。さらに、ペシャーワルの情報局(Intelligence Bureau)が作成した諜報レビューや要約も含まれます。報告の地理的範囲は広く、たとえば1920年代には、英国政府はワジリスタン、ペシャーワル、デーラ・イスマイル・ハーン、コハート、ハザーラ、カイバル渓谷に関する週報を受け取っていました。多くの報告には、アフガニスタンや中央アジアの奥深くまで及ぶ地域に関する情報も含まれています。
また、汎イスラム主義やジハード思想に触発された動乱に対し、英国が国境地域を「静穏」に保とうと努めた過程も記録されています。とりわけ1930年代から1940年代にかけての反乱を率いたカリスマ的指導者「イピの聖者(Faqir of Ipi)」を追跡する試みが跡づけられ、パキスタン独立後の1949年5月の新聞記事(彼が写った珍しい写真を含む)も収められています。大英帝国がジハード主義運動とどのように対峙したのか、また地元の指導者たちがいかにして英国の支配を逃れたのかを具体的な一次資料からたどることができます。
なお本コレクションは、Brill社の別コレクション『British Intelligence on Afghanistan and Its Frontiers, c. 1888–1946』を補完し、さらに拡充するものです。同コレクションは英国とアフガニスタンの関係という視点から、アフガニスタンの内政・外交、国境を越えた部族や著名人に関する情報を収集したもので、地誌や軍事的背景に関する印刷されたハンドブックや官報も含み、本コレクションの北西辺境のファイルや報告書と相互に関連しています。
収録内容(文書のタイプ別に全5セクション)
- “Memoranda of Information” on North-West Frontier Affairs, 1901–1911
- Intelligence Diaries, 1911–1930
- Annual Reports and Arrangements for Intelligence Gathering, 1922–1942
- Weekly Intelligence Diaries and Summaries, 1931–1947
- Waziristan Disturbances, 1937–1949
収録期間
1901年の「北西辺境州」創設から1949年まで。
利用条件
- 大学・学術機関向け
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