ペルシア(イラン)に関する英国の諜報と政策 1900~49年頃
大英図書館インド省記録が伝える、英国のペルシア政策と情報活動
本コレクションは、大英図書館のインド省記録(India Office Records)に所蔵される、カージャール朝期からパフラヴィー朝期にかけてのペルシア(イラン)関係文書群をオンラインで提供するものです。主題となるのは、北のロシアと東の英領インドという二つの強国のはざまに置かれたペルシアの状況です。19世紀末までにペルシアは両国の利害が交錯する場となり、その状態はほぼ半世紀にわたって続きました。この間、南部で価値の高い石油利権を獲得した英国が、最も影響力のある外国勢力として台頭します。
英領インドおよびロンドンにおける戦略計画や政策立案には、ペルシアの内政、部族構成、対立関係、主要人物、資源、通信、地形に関する情報が必要でした。これらは政治関係の「背景」を示すとともに、軍事作戦や秘密活動のための実務的な「ノウハウ」を提供するものでもありました。情報収集はまずペルシア駐在の英国外交代表者に委ねられ、英国側にはロンドンの外務省と陸軍省、英領インド政府外務部、インド軍参謀本部という4つの主体がありました。駐在員は、ロンドンを拠点とする外交・領事サービスと英国陸軍、あるいはインド行政サービス、インド政治サービス、インド軍から採用されています。
本コレクションは、こうした活動の成果を集約したものです。1905年〜1909年のペルシア革命、1907年の英露協定(ペルシアを事実上の勢力圏に分割)、第一次世界大戦における介入、共産主義の脅威、レザー・シャーの統治、第二次世界大戦における介入、ドイツの影響力への対抗策、ムハンマド・レザーの即位といったテーマを扱っています。英国のペルシア関与の歴史は17世紀初頭に東インド会社が貿易を開始した時点にまで遡りますが、19世紀末にはペルシア経済はロシアと英国の特許企業に大きく支配され、ロシアの保護国となる可能性すらありました。最終的に支配的な外国勢力として台頭したのは英国でした(ただし、必ずしも歓迎されていたわけではありません)。
資料はいずれも「極秘」「機密」または「公務用限定」に分類され、厳格な保管規則の対象となっていました。特定の資料の新版が登場した際には、それ以前のすべての版を破棄することが命じられていたため、これらの資料はごく少数の場所にしか残存していません。
収録内容 — 文書のタイプ別に全5セクション
- Gazetteers and Handbooks, 1906–1948
- Internal and External Affairs, 1904–1949
- Who's Who, 1909–1947
- Military Reports, 1900–1940
- Routes, 1908–1942
各セクションがカバーする地理的範囲
- 第1巻 北東部(ホラーサーン、カイン、スィースターン)
- 第2巻 北部・中央部(アゼルバイジャン、クルディスタン、ケルマーンシャー、テヘランを含む)
- 第3巻 南西部(ルリスターン、バフティヤーリー、エスファハーン、アラビスタン、フージスターン、クガル)
- 第4巻/1 南部(ヤズド、ファールス、ラリスタン、湾岸港)
- 第4巻/2 南東部(ケルマーン、ペルシア・バルチスタン)
中心となる2つのシリーズ
本コレクションの中心となるのは、インド政府外務部印刷通信と、外務省年次政治報告書(1910〜1948年)です。前者は44部・約5000ページにわたり、1916年から1940年の間のペルシアに関するすべての受発信文書を印刷しています。ページ番号は基本的に不規則ですが、各「部」内では文書が連続番号で配列されています。
また、外務省またはインド政府によって印刷された、さまざまな駐在地からの領事日誌/要約の長い連載も含まれます(ただし1933/34年頃からはタイプ原稿が標準となりました)。日誌には各年の番号付き連番または年内の発行日が付され、月次から週次まで刊行頻度は一定ではありません。
背景 — 駐在地と情報収集の体制
1850年代からテヘランに常設の英国公使館が置かれ、1878年からブシール、1891年からエスファハーン、1889年からマシュハドに総領事が置かれました。さまざまな時期にアフワズ、ケルマーン、ケルマーンシャー、ホッラムシャフル、レシト、スィースターン、シーラーズに領事が駐在しています。
主に外務省管轄の駐在地(例:テヘラン、ケルマーンシャー、ホッラムシャフル、レシト、シーラーズ)はロンドンの外務省に報告し、そこからインド省へ写しが送られました。インド政府管轄の駐在地(例:アフワズ、ケルマーン、マシュハド、スィースターン)はデリーに報告し、そこからロンドンのインド省へ、さらに外務省へ転送されました。
1878年にはインド陸軍本部の宿営長官部内に小規模な情報部門が設立され、1912〜1913年のインド委員会陸軍の改革により、参謀本部の軍事作戦局内に情報部(M.O.3)が設立されました。同部は4つの地理的小部門(うち1つがペルシア担当)と、「機密性の高い特別業務」に専念する5つ目の部門に分かれていました。インド参謀本部は地誌、道路案内書、軍事報告書、人名録の編纂を担当し、情報源は外交拠点の武官や現地の軍将校、彼らのペルシア人その他の接触者、秘密裏に雇用された現地工作員でした。マシュハド領事館は、ロシア中央アジアとアフガニスタンの国境を越えた動向を監視する重要な情報拠点でした。1913年に外務省が軍事情報の収集は英国領事館の任務ではないと規定したため、この任務はほぼ完全にインド参謀本部に委ねられ、陸軍省からも資金面での支援がありました。
利用条件
- 大学・学術機関向け
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