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商品詳細
The Documentary History of the Dwight D. Eisenhower Presidency. : Volume 1: The Eisenhower Administration and the Brown v. Board of Education Decision, 1954 - 1955. 第1巻 アイゼンハワー政権とブラウン判決 1954~55年
・ISBN 978-0-88692-748-6 2006 cloth
入手不可
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・ISBN 978-1-60205-243-7 2012 cloth
絶版
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★★★
| 著者・編者 | Young, Nancy Beck (ed.), |
|---|---|
| 出版社 | (UPA, US) |
| 言語 | ENG |
| ニュース番号 | <535-2516A 545-3022A> |
解説
1953年にアイゼンハワー大統領によって最高裁判所長官に指名されたウォレンは、翌年、公立学校における人種分離の是非を問うたブラウン対トピーカ市教育委員会事件で、人種分離を違憲と判決しました。その判決は、その後の黒人公民権運動を展開する法的根拠となりました。
ところが1957年にはアーカンソー州知事がこの最高裁判決を無視し、リトルロック・セントラル高校への黒人入学生の入校を阻止しようと州兵を派遣し、学校を封鎖しました。そのうえ入校を禁じられた黒人学生が、学校前で人種差別主義者に襲われそうになった時、州兵は彼らを取り締まらず、放置しました。この状況がマスメディアを通じて全米に報じられると、人種差別に対する全国的な反発が沸き起こり、アイゼンハワー大統領は州知事にたいして事態の改善を指示しました。しかし、知事はこの大統領命令も無視しつづけ、結局大統領は連邦軍を派遣して事態の収拾を図ったのです。
ところが1957年にはアーカンソー州知事がこの最高裁判決を無視し、リトルロック・セントラル高校への黒人入学生の入校を阻止しようと州兵を派遣し、学校を封鎖しました。そのうえ入校を禁じられた黒人学生が、学校前で人種差別主義者に襲われそうになった時、州兵は彼らを取り締まらず、放置しました。この状況がマスメディアを通じて全米に報じられると、人種差別に対する全国的な反発が沸き起こり、アイゼンハワー大統領は州知事にたいして事態の改善を指示しました。しかし、知事はこの大統領命令も無視しつづけ、結局大統領は連邦軍を派遣して事態の収拾を図ったのです。