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商品詳細

The Thomas E. Watson Papers

The Thomas E. Watson Papers . Southern Historical Collection, Adacemic Affairs Library of the University of North Carolina at Chapel Hill. 35mm silver positive microfilm 34 reels with guide. 人民党のトーマス・E・ワトソン(1856~1922年)文書集/19世紀末から20世紀初頭における米国南部の政治家

・ISBN 978-1-55655-291-5 microfilm

絶版

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出版社(UPA, US)
出版年月1992
言語ENG
ニュース番号<400-2034>

解説

南部における人民党の有力な指導者で、 1882年ジョージア州から下院議員に当選、 90年代はポピュリスト運動の指導者として貧しい白人と貧しい黒人の政治的連帯を主唱しました。1892年の選挙で敗北。 1896年大統領選挙で人民党ブライアンの副大統領候補となったあと、 いったん政治活動から引退。 1904年突如人民党の大統領候補の指名を受け活動を再開しました。しかしこの時彼の人種問題に関する姿勢は根本的に変わっており、黒人の選挙権の剥奪を掲げています。さらに1906年ジョージア州知事選挙ではH・スミスを応援し剥奪を実現させてもいます。こうした変化は何に由来し、また南部農業社会にはどういう変化があったのでしょうか。
 人民党は1892年苦境にあえぐ農民の政党として結成され、 東部金融資本の経済的政治的支配を脱して、人民の政府による不正と圧政の除去を主張しました。 1892年大統領選挙ではJ.B.ウィーバーを候補にたて100万票を獲得しましたが、96年以後衰退し、掲げた理念は革新主義運動にひきつがれます。 人民党の運動は南部の白人権力者層に衝撃を与えました。 彼らは白人中小農民に譲歩する一方、 黒人差別を徹底することで南部保守派=民主党の勢力を守ろうとしました。 ワトソンはこの状況の中でどんな位置を占めていたのでしょうか。本文書は南部社会の変化、黒人差別、アメリカの第三政党の運動、人民党の研究に新たな視角を提供することでしょう。 [参照:佐々木孝弘「産業化に直面した南部農業社会-トム・ワトソンの黒人認識の転換-」、本田創造編『アメリカ社会史の研究』所収]