株式会社極東書店トップ > 商品一覧 > The Internment of Oswald Mosley: The Home Office and Intelligence Files . 35mm silver positive microfilm 8 reels. Intro. by G. Macklin. (Fascism and Reactions to Fascism in Britain, 1918 - 1989).
商品詳細
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解説
本史料集は、地方名家の出身で、20世紀前半のイギリス・ファシスト運動の指導者であったサー・オズワルド・モーズリー(1896-1980)に関する、国立公文書館所蔵の内務省、警察、MI5、内閣府の文書をマイクロ化したものです。
O.モーズリーは、第一次世界大戦終結の1918年、22歳で保守党の下院議員に当選しました。しかし1922年保守党のアイルランド政策に不満を抱き、労働党に移りました。1929年第二次労働党政権の成立の際には、ランカスター公領相になり、世界大恐慌への対策として公共事業による失業者救済、積極的な政府支出による経済再建を提案しましたが、政府に受け入れられず、大臣を辞任し離党しました。モーズリーは1931年イタリアを訪問しファシズムに共感し、1932年にはイギリス・ファシスト連合を結成し、「ファシズムこそ世界で最も偉大な建設的かつ革命的な信条である」と主唱し、英国のファシズム運動を指導しました。
第二次世界大戦勃発後の1940年5月、モーズリーはイギリス・ファシスト連合の指導者としてヒトラーを支持したかどで、警察に逮捕されました。モーズリー事件は裁判所で審理はされませんでしたが、多くの審問が行われました。本史料集は、これらの審問に関するファイル、内務省・警察・MI5・内閣府の機密文書と共に、警察によって収集された証拠、密告者や彼の2番目の妻ダイアナの証言を収録しています。これらの文書は、第二次世界大戦の初期の段階におけるイギリス国内におけるファシズムの脅威、及びイギリスのファシスト・ドイツのナチス・イタリアのファシスタ党・並びに欧州各国のファシズム運動の間における政治的・財性的関係に関する貴重な資料です。
O.モーズリーは、第一次世界大戦終結の1918年、22歳で保守党の下院議員に当選しました。しかし1922年保守党のアイルランド政策に不満を抱き、労働党に移りました。1929年第二次労働党政権の成立の際には、ランカスター公領相になり、世界大恐慌への対策として公共事業による失業者救済、積極的な政府支出による経済再建を提案しましたが、政府に受け入れられず、大臣を辞任し離党しました。モーズリーは1931年イタリアを訪問しファシズムに共感し、1932年にはイギリス・ファシスト連合を結成し、「ファシズムこそ世界で最も偉大な建設的かつ革命的な信条である」と主唱し、英国のファシズム運動を指導しました。
第二次世界大戦勃発後の1940年5月、モーズリーはイギリス・ファシスト連合の指導者としてヒトラーを支持したかどで、警察に逮捕されました。モーズリー事件は裁判所で審理はされませんでしたが、多くの審問が行われました。本史料集は、これらの審問に関するファイル、内務省・警察・MI5・内閣府の機密文書と共に、警察によって収集された証拠、密告者や彼の2番目の妻ダイアナの証言を収録しています。これらの文書は、第二次世界大戦の初期の段階におけるイギリス国内におけるファシズムの脅威、及びイギリスのファシスト・ドイツのナチス・イタリアのファシスタ党・並びに欧州各国のファシズム運動の間における政治的・財性的関係に関する貴重な資料です。