株式会社極東書店トップ > 商品一覧 > FBI File on Owen Lattimore . 35mm silver positive microfilm 4 reels with guide.
商品詳細
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解説
少年期を中国で過ごしOwen Lattimore (1900-1989)は、1919年中国に渡り、上海、天津、北京で実業に従事、1937年まで蒙古など中国内陸を探検旅行しました。その間北京のハーヴァード燕京研究所に勤務(1930-31)、1938年からジョンズ・ホプキンズ大学教授兼同大学ペイジ国際問題研究所所長、第二次大戦中は蒋介石の特別顧問(1941-1942)、情報部(OWI)の太平洋作戦部長(1943-1944)、戦後、対日賠償施設経済顧問として来日 (1945- 1946)。1950年3月マッカーシーから「スパイの頭目」として告発されます。太平洋問題調査会機関誌Pacific Affairsの主筆(1934-1941)、Amerasiaの編集委員(1937-1941)であったことから“共産党の危険なシンパ”として非難されたのです。この告発は失敗に終わりましたが、ジョンズ・ホプキンズ大学からは講義が許されず、ペイジ研究所は閉鎖されました。マッカーシズムの荒れ狂う米国に失望したラティモアは英国のリーズ大学に赴き (1963-1975)、その後パリに住み1989年5月永眠しました。本ファイルからは、いかにラティモアがマッカーシーの生贄とされたかが明らかにされます。