株式会社極東書店トップ商品一覧Correspondence of the Eastern Division Pertaining to Cherokee Removal, April - December 1838 . NARA RG393: Records of U.S. Army Continental Commands, 1821 - 1920. 35mm silver positive microfilm 2 reels with guide.

商品詳細

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Correspondence of the Eastern Division Pertaining to Cherokee Removal, April - December 1838 . NARA RG393: Records of U.S. Army Continental Commands, 1821 - 1920. 35mm silver positive microfilm 2 reels with guide. チェロキー族の涙の旅路に関する陸軍文書

microfilm

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出版社(NARA, US)
言語ENG
ニュース番号<K11-48>

解説

1830年連邦政府はチェロキー族の全ての領地をジョージア州に併合しました。インディアンの領地で金鉱が見つかり、白人開拓者達が28件の条約を無視しチェロキー族の永代保有地とされていた地域に押し寄せインディアンを追い立てます。1838年3月には、陸軍が少なくても1万7千人ものチェロキー族を狩り集め収容所に追い立てました。そのほとんどがクリスチャンで読み書きも出来る豊かなチェロキー族でしたが、白人の略奪者達は、家畜や家財道具を奪い、家を焼き払います。こうしてチェロキー族のインディアン居留地への苦しい旅が始まります。最初、4千人が舟とイカダで運ばれましたが、あまりに多くの犠牲者が出た為にそれ以後の移動は陸路に切り替えられました。1度1000人づつ以上のグループが、厳しい軍隊の監視つきでナッシュビルまで歩かされ、そこでまた、輸送を待つ牛馬の様に檻の中に追い込まれました。1838年から1839年にかけての厳しい冬をはじめに、インディアン居留地までの1000キロに及ぶ長い旅に駆り立てられました。病気と疲れに加えて、食料品と衣料品の不足で、1839年の3月に目的地につくまでに1万7千人のうち4000人以上が犠牲になったといわれます。