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商品詳細

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Thomas A. Edison Papers: A Selective Microfilm Edition . The Archives of the Edison National Historic Site in West Orange, New Nersey. 35mm silver positive microfilm with guide. エディソン文書

Part 1 - 5: 288 reels. microfilm

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出版社(UPA, US)
言語ENG
ニュース番号<471-2054>

解説

本文書はエディソンの生涯にわたる記録を逐次マイクロフィルムに収めて刊行するもので、すぐれた米国の社会、 経済史研究の資料となっています。 これによって彼の多彩な活動だけでなく、 世界の科学技術、 社会、 産業の発展過程が明らかにされます。今回マイクロ化された第5部の収録部分は、彼が、自らの蓄音機製造会社National Phonograph Co.を他系列会社と合併し、エディソン社Thomas A. Edison, Inc.を結成した1911年から、長期化する大戦によって、エディソンや多くの米国人が国際平和に目を向けるようになった1919年まで及びます。約100,000ページにのぼる厖大な量の技術ノート、商用文や家族書簡、会社記録などからなる本文書は、ニュージャージーのウェスト・オレンジにあるエディソン国立史跡Edison National Historic Siteの保管記録からマイクロ化されたものです。
 本文書は、以下の9つのシリーズで構成されています。「研究所ノートLaboratory Notebooks」、「ポケットノートPocket Notebooks」、「特許出願フォリオPatent Application Folios」、「エディソン一般文書ファイルと書簡集Edison General File and Letterbooks」、「海軍顧問委員会記録Naval Consulting Board Records」、「化学製品製造記録Chemical Production Records」、「法律シリーズLegal Series」、「家族記録シリーズFamily Records Series」、「雑記帳と切り抜き未製本シリーズScrapbook Series and Unbound Clipping Series」。
 エディソン(1847-1931)は極めて広い分野で活動し、たとえば、印刷電信機、 蓄音機、 白熱電球、 電気の動力化、 活動写真などの発明や、 鉱山事業・セメント産業にも関わっていました。 第一次大戦時には人造ゴムの開発にも取り組み、 生涯に得た特許数は1300種以上にのぼります。 彼はまたアメリカの有力な経営者の一人でもありました。
 1911~1919年の時代は、エディソンや彼の研究所・会社の研究・開発活動の盛んな時期にあたり、重要な新発明がつぎつぎ生まれ、市場化されました。彼の発明には、ブルー・アンベロール・レコード(改良円筒型蓄音機)、ダイアモンド・ディスク蓄音機、エディフォンとして知られる口述筆記用器具、家庭用キネトスコープ、鉱山労働者用キャップランプ(安全灯)などが挙げられます。また動力分野においては、ガソリンエンジンが広く受容される以前の時代、彼は、自動車や商業用の配達トラックの動力に蓄電池の技術を応用することも考えていました。映像・映画の分野では、1927年に世界初のトーキー映画『ジャズ・シンガー』が上映される10年以上も前に、先駆けて、世界の映像ファンにトーキー映画について紹介しています。
 欧州での戦争開始は、エディソンの発明・事業活動を新しい方向へと導きました。彼は軍備擁護のスポークスマンとなり、海軍顧問委員会Naval Consulting Boardを発足し、委員長となりました。大戦時、化学製品の国内不足を補うために、新しい製造プラントの即時建設を立案し、米国の産業界のみならず、欧州の同盟国や日本にも主要な化学製品を供給するよう指示しました。1917年、米国による第一次世界大戦の公式参戦の数ヶ月前には、ニュージャージーのウェスト・オレンジにある米国海軍の新研究所で、対潜水艦対策のための研究プロジェクトを指揮しました。その後、ロングアイランド湾の艦船や、ワシントンD.C.の海軍別館Navy Annex、フロリダのキーウェストの海軍基地などで研究を続けました。
 ちょうどこの時期に、エディソンは長年にわたって、個人的にも、事業的にも親交の深かった自動車企業家のH.フォードと知り合っています。彼は当時大々的に報道された旅行にフォードとともに参加しました。その中には実業家H.ファイアストーンや博物学者J.バローズなどもいました。1911年には、彼は、妻のミナ・ミラーと子どもたち3人で英国とヨーロッパ大陸に2ヶ月の周遊旅行に出かけています。その際、彼は戦争で揺れ動いていたヨーロッパ諸国を目の当たりにし、文化、社会、政治について広くコメントを寄せています。それから4年後には、大陸横断列車に乗って、西海岸まで数週間かけて横断し、その途上、サンフランシスコのパナマ太平洋国際博覧会やサンディエゴのパナマ・カリフォルニア博覧会を訪問しています。こうした出来事がエディソン文書の第5部に収録されています。