株式会社極東書店トップ > 商品一覧 > The Man of Forty Crowns. Translated from the French. Dublin, Milliken, 1770.
商品詳細
解説
Second Dublin edition. 12mo, 139, [1]pp, contemporary calf, title lettered in gilt to spine, book plate on front end paper, spine professionally repaired
「彼が匿名をもって千七百六十七年に公にした風刺小説『四十エキュの人』(L'hommeaux quarante ecus.)は主としてメルシエの著を反撃するがために著されたものである。この小説は、所謂「四十エキュの人」の自叙体をもって草されている。四十エキュ収入は即ちメルシエによって自然の支配する社会においては、各市民の生存にとって十分なる高と考えられたところのものである。この小説の主人公は四十エキュの収入を興うる土地財産を有しておった。然るに、戦争勃発のために、彼はその負債額として小麦三桝と大豆一袋、総体の価二十エキュを徴税吏から要求せられた。彼はその当時、小麦も大豆も貨幣も持ち合わせていなかったがために獄舎に投げ込まれた。彼が骨と皮ばかりになって獄舎から放免せられた時、丁度出会った者は意気揚々と六頭立ちの馬車を駆る血色のいい肥大漢であった。彼はこの男が自分よりもかつて貧しい暮しをしておった時代にこれと近しくしておった。然るにこの男の収入は今一ヵ年四十万リヴルにのぼるということである。彼は六人の従僕を使用し、その各々に対して「四十エキュの人」の所得の倍額以上を労銀として支給している。彼の執事は彼から二千フランの俸給を受け、さらに毎年二万フランを彼れからくすねている。彼の細君は六ヶ月内に四万エキュを浪費している。そこで「四十エキュの人」は言うのである。「丁度、四十エキュ即ち百二十リヴルだけしか収入のない自分が、その半ばを戦費として支払うのであるから、四十万リヴルの所得を有するお前は国家に対して二十万リヴルを支払わなければなるまい」と。ところが相手の答えは意外であった。「なに、私が国家の必要のために金を出すと!ごじょうだんでしょう。私は叔父がカチヅやスラットで儲けた八百万の財産を相続しただけで、一寸の土地も所有してはいない。私の財産はみんな政府証券と手形である。大蔵大臣が国家のために私から何物かを要求したとするならば、彼はまさに頭の混乱した阿呆でなければならぬ。なぜならば、総べての物は皆、土地の産物だからである。その資産の半分を引き渡すべき者は土地所有者たるお前たちである。貨幣や手形は単に交換の保証物に過ぎない。土地の産物に対して、あらゆる他の租税に代るべき単一税を課した後で政府がなお私から貨幣を要求したならば、これは二重の負債を背負わせ、同じものを二度徴収することになるのが判らないのか。平穏に正味四十エキュの純収入を有するお前は税金を納付して、よく国家にご奉公申しあぐべきである。」重農学派の人々は、彼らのみひとり永劫不変なる真理の受託者であるかのように振る舞ったその尊大傲慢な態度によって度々時代の反感を引き起こした。この『40 エキュの人』のごときも、この学派の驕慢にして学派的偏狭心大なるに憤慨して、一時の気分に駆られて走されたものである。」(高橋誠一郎『西洋経済古書漫筆』より)
「彼が匿名をもって千七百六十七年に公にした風刺小説『四十エキュの人』(L'hommeaux quarante ecus.)は主としてメルシエの著を反撃するがために著されたものである。この小説は、所謂「四十エキュの人」の自叙体をもって草されている。四十エキュ収入は即ちメルシエによって自然の支配する社会においては、各市民の生存にとって十分なる高と考えられたところのものである。この小説の主人公は四十エキュの収入を興うる土地財産を有しておった。然るに、戦争勃発のために、彼はその負債額として小麦三桝と大豆一袋、総体の価二十エキュを徴税吏から要求せられた。彼はその当時、小麦も大豆も貨幣も持ち合わせていなかったがために獄舎に投げ込まれた。彼が骨と皮ばかりになって獄舎から放免せられた時、丁度出会った者は意気揚々と六頭立ちの馬車を駆る血色のいい肥大漢であった。彼はこの男が自分よりもかつて貧しい暮しをしておった時代にこれと近しくしておった。然るにこの男の収入は今一ヵ年四十万リヴルにのぼるということである。彼は六人の従僕を使用し、その各々に対して「四十エキュの人」の所得の倍額以上を労銀として支給している。彼の執事は彼から二千フランの俸給を受け、さらに毎年二万フランを彼れからくすねている。彼の細君は六ヶ月内に四万エキュを浪費している。そこで「四十エキュの人」は言うのである。「丁度、四十エキュ即ち百二十リヴルだけしか収入のない自分が、その半ばを戦費として支払うのであるから、四十万リヴルの所得を有するお前は国家に対して二十万リヴルを支払わなければなるまい」と。ところが相手の答えは意外であった。「なに、私が国家の必要のために金を出すと!ごじょうだんでしょう。私は叔父がカチヅやスラットで儲けた八百万の財産を相続しただけで、一寸の土地も所有してはいない。私の財産はみんな政府証券と手形である。大蔵大臣が国家のために私から何物かを要求したとするならば、彼はまさに頭の混乱した阿呆でなければならぬ。なぜならば、総べての物は皆、土地の産物だからである。その資産の半分を引き渡すべき者は土地所有者たるお前たちである。貨幣や手形は単に交換の保証物に過ぎない。土地の産物に対して、あらゆる他の租税に代るべき単一税を課した後で政府がなお私から貨幣を要求したならば、これは二重の負債を背負わせ、同じものを二度徴収することになるのが判らないのか。平穏に正味四十エキュの純収入を有するお前は税金を納付して、よく国家にご奉公申しあぐべきである。」重農学派の人々は、彼らのみひとり永劫不変なる真理の受託者であるかのように振る舞ったその尊大傲慢な態度によって度々時代の反感を引き起こした。この『40 エキュの人』のごときも、この学派の驕慢にして学派的偏狭心大なるに憤慨して、一時の気分に駆られて走されたものである。」(高橋誠一郎『西洋経済古書漫筆』より)