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   『東洋のスポーツの中心地 東京−1940年幻の東京オリンピック招致アルバム―』 
Tokyo: Sports Center of the Orient. Reprint.
著者・編者: Sanada, Hisashi (ed. & intro.),
出版社: (Kyokuto Shoten, JA)
出版年: 2017年
ページ数: xi, 126 pp.
ISBN:  978-4-87394-025-0
装丁・価格:
paper  \28,080.- (税込) * [在庫]
 詳細 (1.1MB)
1923年(大正12年)9月、関東大震災で東京は未曽有の大災害に見舞われました。その後、世界大恐慌が発生し、日本の大陸への進出が加速、満州国建国、そして国際連盟からの脱退という激動の時代情勢の中にあって、東京市(Tokyo Municipal Office)は1932年(昭和7年)の国際オリンピック委員会(IOC)総会で、オリンピックの開催都市に正式に立候補しました。
当時の東京市長永田秀次郎は震災からの帝都復興と、日本の本当の姿を見てもらおうと企図しましたが、全国的な盛り上がりは見られず、当初は東京市が中心となって招致活動を行いました。その後、柔道の創始者として国際的な知名度があり、IOC委員を務めた嘉納治五郎らの活躍により、1936年(昭和11年)7月のIOC総会にて、アジア初の東京大会開催が決定します。招致活動の一環として、東京市は東京や日本を知ってもらうことを目的に写真アルバムを作成しました。東京の街並み、日本の風景、スポーツ競技場、日本のスポーツや武道などを紹介する写真が収録されています。外国の要人向けに作成されているため、写真のタイトルや解説等は全文英語となっており、東京の招致委員からIOC委員らに配布されました。オリンピック招致の中心的役割を果たした嘉納治五郎も、招致活動の際に自らこの写真アルバムを配布しました。
日中戦争の激化に伴い、1938年(昭和13年)、カイロでのIOC総会では開催が危ぶまれ、その帰国途上で嘉納治五郎が病死するに至り、日本政府は1938年7月に開催権を返上します。ここにアジア初の東京オリンピックは幻に終わりました。
本書は招致活動最初期の、日本初、アジア初のオリンピック招致資料と言える写真アルバムを忠実に再現し、監修者 真田久先生(筑波大学教授)の解説と、英語本文には日本語の翻訳が付いています。オリンピック研究の一級資料であり、研究者はもちろん、大学図書館や公共図書館にもオリンピック教育の良質なテキストとしてお薦めいたします。




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