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   『ファーガスンとアメリカ革命』−カーライル和平使節(1778〜79年)記録集 付録:R.プライス『市民的自由』(1776年)批判 
Adam Ferguson and the American Revolution. Proceedings of the British Commissioners at Philadelphia, 1778 - 9. with the appendix "Remarks on a Pamphlet lately published by Dr. Price, 1776".
著者・編者: Amoh, Yasuo / Lingley, Darren / Aoki, Hiroko (eds.),
出版社: (Kyokuto Shoten, JA)
出版年: 2015年
ページ数: 319 pp.
ISBN:  978-4-87394-024-3
装丁・価格:
cloth  \41.- (税込) * [在庫]
 詳細 (801KB)
< 本書について >

 本書は、スコットランド啓蒙を代表する思想家の一人であるアダム・ファーガスンのアメリカ独立問題についての考え方を知るために、また、独立戦争期のアメリカと英国の状況を知るためにも有意義な資料を、世界で初めてマニュスクリプトから活字にして出版したものである。
 ファーガスンは、1778年に英国王ジョージ三世の命を受けてアメリカ植民地に派遣された和平交渉使節団(いわゆる「カーライル委員会」)の秘書官になり、エディンバラ大学を休職してアメリカに渡った。この委員会が英国に帰国するまでの間ファーガスンが記録、執筆した文書や書簡などの原本が、エディンバラ大学図書館にまとまった形で保管されてきた。その中には、ファーガスンが匿名で執筆し、トマス・ペインをはじめとしたアメリカ人やその他多くの人々から批判を浴びた、カーライル委員会の声明文Manifesto and Proclamationも含まれている。本書において活字になったのはこれらのエディンバラ大学に保管されていた文書である。
 とはいってもカーライル委員会の記録文書は、他に二つの原本がある。一つはカーライル委員会の委員長であったカーライル伯爵代々の居城ハーワード城に保存されているもの(一部活字になり出版されている)、もう一つは大英図書館に保管されているもの(いわゆる「オークランド・ペイパーズ」。委員の一人ウィリアム・イーデンが後にオークランド卿になり、オークランドに保存されていたためこのように称されている)である。また、三つの原本を元にカーライル委員会の文書を編纂したSteven's Facsimileという初期アメリカの様々な文書が集められている資料集(本書を作成するにあたり日本大学法学部図書館所蔵のものを参照した)もある。しかしながら、三つの原本およびSteven's Facsimileの中で、ファーガスンの手紙なども収められているエディンバラ大学図書館のものは、「カーライル委員会の記録文書」というよりも、「ファーガスンが秘書官を務めたカーライル委員会の記録文書」という性格のものになっており、ファーガスン研究を深化させる上では最も有意義な文書である。なお、三つの原本およびSteven's Facsimileに含まれている文書は異なっており、また、書記官によって異なる単語や表現が見られるため、本書を編集するにあたってはこれら全ての文書を比較して異なる点を記した。また本書は、アメリカ独立を擁護するためにリチャード・プライスが1776年に発行した小冊子を批判するために、ファーガスンが匿名で執筆した小冊子『プライスへの反論』を付している。合わせ読むことによってファーガスンが一貫してアメリカ独立に断固として反対していたことがわかり、哲学者や歴史家として執筆した『市民社会史論』や道徳哲学書では知り得ないファーガスンの一側面が見えてくる。(青木裕子)

< 本書の構成 >

本書は、本編「Proceedings of the British Commissioners at Philadelphia, 1778-9」と『プライスへの反論』の2部構成となっております。本編には各文書の詳細な索引・目次が付けられておりますので様々な角度から資料にあたることを可能としております。


『ファーガスンとアメリカ革命』を推薦する

アメリカは1776年に独立宣言に踏み切る。それは大ブリテンの内部でスコットランド並の地位を得たいという植民地アメリカの心底からの願望が無視されたからであった。独立のキーパースンの一人はフランクリンであった。郵政長官代理として長くイングランドに滞在したフランクリンは大ブリテンの忠実な臣民として合邦の実現を期待し、そのための努力を惜しまなかったが、大ブリテンの歴代の内閣はアメリカの願望に理解を示さなかった。
危機を迎えてノース内閣が急遽派遣したカーライル使節団は大陸会議との交渉にさえ入れずに、ボストン港で門前払いをくらった。名士ファーガスンの努力でさえ最早実らなかった。遅きに失したのである。こうして大ブリテンはアメリカ植民地を失った。それはその後の歴史に照らすとき、あまりにも当然の帰結のように思われるが、大ブリテンがもっと早く理解を示していれば、アメリカの独立は少なくともこの時期にはなかった。本書は歴史の決定的瞬間を考える縁となる英米関係の資料として貴重であるし、また思想家ファーガスンの理解のためにも必読の文献である。
田中秀夫(京都大学名誉教授、愛知学院大学教授)




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